ジェフベックとお笑い
 お笑いと・・・といっても、ジェフベックの演奏にはウィットがあり云々といった話ではないです。その話とも関連しますが、聴衆を良い意味で欺く感覚と言いましょうか、他の項で書いた「はずし」の感覚といいましょうか。お笑いというのも「はずし」の感覚なんだと思います。ファッションもそうですね、お洒落な人は「はずし」がうまい。

 お笑いというのは、最も難しい仕事だと思います。お笑いの勝負は、面白いかそうでないかだけです。他の芸事や芸術なんかは、例えば歌舞伎、絵画、バレエ、音楽もそうですが、自分では面白くなくても面白いような(分かったような)ふりはできますし、面白いかどうかよく分からないけど、なんか面白いのかもしれないというようなあやふやな気持ちになったりしますが、これは演じる者からすれば否定されたわけではないし、「好み」というものも大きく影響するので、とりあえずセーフです。ここでいう「面白い」は「興味深い」も含まれているので、許容範囲が広いです。
しかし、狭義のお笑いには「興味深い」は入りません。笑えるか笑えないかだけです。この真の笑いは、考えて笑うのではダメなんですね。もう生理的に可笑しいというのが一番面白いのです。理屈抜きに面白いというやつです。「考え落として笑わす(というかニヤリとさせる)」というのは、その人の生きてきた背景や教養度合いに左右されるので、万人向きではなく、狭義の笑いには入らないと思います。
で、生理的に笑わそうと思うと、まず、相手しかも、不特定多数の世間が普段からどんなことを面白いと感じるかを知っている必要がある。それには、どんなことを常識として生きているかを知っておく必要があります。そして、演じているその瞬間にどんな話で、どんなタイミングで、どのような表現で、どのくらいの距離で、その常識感覚をはずしてやるかと言うのが勝負です。常に数秒先の相手の意識を読みながら、自分の演じ方を組み立てて行かなければなりません。
 これは純粋に「演じる」ということはもちろんですが、それ以上に相手を「読む」こと。相手が”潜在的に”望んでいること(これは刻一刻と変化します)をキャッチしながら、その回答を芸に反映させて行かなければなりません。これを数秒、いやレイコンマ何秒ごとに繰り返して行かなければ、笑いは取れないと思います。これは頭で考えながらできることではないですね。

 そういった意味で、お笑いは本当に才能がなければダメだし、才能=資質の問題なので、訓練してできるものではないです(才能のある人が訓練することとは別です)。才能のあまりない人が、とんでもない訓練をしても、才能のある素人にあっさり負けてしまう。そんな厳しい世界だと思います。なんせ、笑えるか笑えないかは、別に専門家でなくても分かるわけですから、どんな芸よりも明快。因みに、専門家にしか分からない笑いは、私はパワーのある「お笑い」だとは思いません。
 長くなりましたが、「お笑い」を、ましてや、仕事として考えるとこんなに難しい仕事はありません。特にニーズを把握するのが難しい。マーケティング的に言えば瞬間マーケティング?しかも瞬間に自分でリサーチして、自分でその瞬間に商品開発(芸あるいはネタ)して提供(市場導入)して行かなければなりません。しかも、その商品をお客さんに満足していただいたかどうか(受けたか受けないか、笑ったかどうか)が瞬間に分かります。
 それに比べると他の業種は、ある意味で楽です。時間をかけてリサーチすれば、だいたいのニーズは把握できますし、できた商品が受け入れられやすいように洗脳(広告)して行けば良いだけですから(商品づくりのリスクは大きいですが)。まじめにやることをちゃんとやっていればある程度セーフゾーンに行けます。
 話がひじょう〜に長くなりましたが、ジェフベックのフレーズの面白さは、このお笑いの感覚に近いと思うわけです。瞬間、瞬間の勝負。相手の常識を読みながら、うまくはずしていく。ジェフベックのフレージングにはそういった意図的なものを感じます。ただ、それを瞬間瞬間でできるのや、思いもつかない展開にもっていけるのは才能しかない。努力してできるものではないですね。ジェフベックの演奏は、痛快なお笑いで散々笑ったあとの爽快感に近いと思うのですが、いかがでしょうか。

2000.8.17