「間」はずしの美学。

 タイミングというのは、どんなことでも大事なモノです。お笑いの世界では、「間」は命です。漫才や落語はもちろん、トークなどでも、何でもないことを話しているのに面白い。面白い人は、その人独特の間を持っています。ギタリストも同じで、十人十色の間がありますが、ある程度「ギタリストの間」という普遍的な間があるようです。しかし、そこに陥ってしまった人は、ありふれた感動のないフレーズを弾いてしまいがちです。
 心に残るフレーズには、独特の間があるものです。クラプトンのブルースブレイカーズ時代のプレーを私は賞賛してやまないのですが、音を取るだけなら簡単なのに独特の粘るようなグルーヴがでない。ベックの場合は、もっと複雑で、まずフレーズをコピーするのが難しく、コピーしてもそれはフレーズと言っていいのか分からない音だったりしますが、その再現がまた難しい。変な間の取り方をしますね。先ほどのギタリスト共通項の間をはずすのです。それが独特の”予測しがたい”フレージングを生んでいると思いますが、おそらく、意図的に本人自身も”予測しがたい”ようにはずしているのだと思います。
 だからよくベックのソロは、小節の頭が分からなくなって最後で無理矢理あわせているって感じのがあります。試しに普通のよくあるペンタトニックのブルースフレーズを頭から16分音符1〜3個分くらいずらして弾いてみると結構”ベック風”になったりします。

1999.10.13