「孤高のギタリスト、ジェフベック」は、
なぜ孤高なのか。

 孤高のギタリスト、ジェフベック!今でこそ、よい意味だけで通 用していますが、昔は、個性的+超自分勝手でやっかいだから、あまり関わらずみんな遠巻きに見ている的なニュアンスも感じられました。

 メンバーのギャラの上前をはねるし、コンサートの予定は平気でキャンセルするし、ツアー途中で突然降りるし、ホントに、あまりお友達になりたくないタイプだったのだと思います。
 最近でも、カーマインアピスは数年前に仕事で(ピープルゲットレディのプロモーションビデオの制作。彼は、実質的プロデューサーであったにもかかわらず、一銭も支払いはなかったという話です)ひどいめに会って「彼とは、単なる友達でいる方がいいみたいだ」なんてあきらめ口調で言っております。

 そのビデオの関連でも、アルバムでの共演がきっかけでロッドスチュアートのツアーに同行した際、「ロッドの曲ばかりやるんだったらオレやめた」といって2回くらいで降りちゃったそうです。「ロッドの曲ばかりやるんだったら」って言ったってねぇ〜、当たり前じゃないっスかロッドのツアーなんだもの・・・。
  そんなところも孤高の一要因ではないかと思ったりします。

 さて、よい意味での孤高性ですが、ジェフベックがなぜほかのギタリストと一線を画し続けられているのか。
  「ロックギタリストには2種類いる。ジェフベックとジェフベック以外だ」(ポールロジャースかジョンポールジョーンズ曰く)という表現が大げさでないくらい、ギターの弾き方というかアプローチが他のギタリストとは全然違っているのだと思います。 ギタリストして異質であると言えるのではないでしょうか。

 だから、継承者というのがいないんですね。継承できない。
 ロックのパイオニアと言われるギタリストはそれぞれに個性的で、しかも最初にやったもん勝ちという部分も含めて個性が普遍的。それゆえに特長というのが顕著でなぞりやすいところがあります。
 エリッククラプトンしかり、ジミヘンしかり、ジミーペイジしかり(ただし、ジミヘンについては活動時期も短く、今生きていたら、ケタ外れなことをしているかも知れませんが)。今活躍中の多くのギタリストが某かの影響を受けたり、なぞったりと言うことでその先輩達のマインドやニュアンスを取り入れて自分のギタープレイを組み立てていると思います。
  ところが、ジェフベックの場合は、なぞれない。フレーズをまねして弾くことはできますが、それはジェフベックをなぞったことにはなりませんし、後述するようにほとんど意味のないことです。
 もちろん、フィードバック奏法とか、トーキングモジュレーターとかをなぞるということはできますが、それはジェフベックの道具を借りているだけで、ジェフベックが組み立てているギター演奏のスタイルというのは、一見普通 の道具を使いながら、実はギターの本質を覆すようなものと言ってもいいような異質なものじゃないかと思います。

 ジェフベック以外のギタリストでは、ある普遍的なロックギターというフォーマットをベースに敷いて、その上に自分の個性を味付けをするという形態が多く、言い換えればロックギターという枠を自分の表現手段として用いていることが多いと思います。  ジェフベックの場合、おそらくベック自身もロックギターという枠を意識していると思うのですが、フォーマットとして敷くのではなく、ガイドラインとして持っているのではないかと思います。
 フィードバック奏法をはじめ、数々の奏法を生み出しロックギターのパターンを開拓してきたジェフベックがガイドラインとして持っているという言い方は矛盾していようですが、ヤードバーズをやっていた頃、すでにベックの頭の中にはロックギターの普遍性といえるようなイメージが漠然と見えていたのではないでしょうか。
 それを様々な楽曲にあてはめることによって、その典型としての仕上がりが見える。 そこからがジェフベックの仕事で、どうやってハズシてやるかを考える。ハズシすぎちゃあいけません。ハズシすぎは、単なる目立ちたがり屋か「違う人」になってしまいます。
 微妙にロックのフォーマットすれすれに飛行しながら、突然4次元に世界へ行き、また戻ってくる。そんなことを繰り返しながら、確信犯的に生み出される独特の快感を伴った違和感。この違和感の快感こそがジェフベックであり、これはきっと「センス」としか言い様のないものなんでしょう。

 その辺りが天才肌ということなんでしょうが、ヤードバーズの頃、すでにこういったことに一生懸命取り組んでいたのではないでしょうか。
 その中で、4次元への飛び方や飛行高度などに独特のコースを見いだしていったのだと思います。

 多くのギタリストがカッコイイロックギターを演奏するというスタンスであるのに対し、おそらくジェフベックは、ロックギターのフォーマットを使ってカッコイイ「違和感」を演奏するというスタンスを取っているのではないかと思います。ある面 では、ジャズの「不協和音」に近いかも知れません。
  どんなに美しい曲でも、必ずジェフベック独特の「違和感」がある。それが、最初はえっ?といった印象なのに聞く毎に快感に変わってくるのが、センスの良さというか、人間の生理的なツボを分かっているからなんでしょうね。そんな快感ある違和感こそがジェフベックの表現手段なのではないかと思います。

 逆に言えばこの「違和感」のエッセンスが無くなるとジェフベックの演奏は、ただのギミックだけになってしまうのだと思います。
 そう言った文脈で考えると、ジェフベックが異常に「従来的でないこと」にこだわるのも納得がいきます。
 昔やったような、例えばブローバイブローのようなアプローチをやりたくないという気持ちの源泉には、そういった表現の方法論的なアイデンティティが働いているのかも知れません。
 ですから他人のアルバムに参加してのセッションでは、違和感はさらに高まります。もう異常としか言えないような、ヘンテコなフレーズや音を出したりするのですが、それがチャーミングに聞こえてしまうのは、ファンとしてのアバタもエクボ感覚と、やはりジェフベックのセンスなのでしょうね。

 このあたりが後継者がでない背景かも知れません。とにかく、多くのギタリストが渋くてカッコイイフレーズを決めようとするのに対し、「違和感」ですから。一歩間違えば、ただの雑音、ただのヘタっぴいになってしまいそうな、危険な賭です。こういったアプローチをするギタリストは、少なくともロック界には未だに居ないと思います。誰も危険すぎて足を踏み入れられない?というのが実情かも知れません。

 ですから、ジェフベックの個性というのは、単にギターのフレーズや楽曲の妙から生み出されるのではなく、もっと深層のギター演奏のあり方によるものだという風に思います。
 普通のアプローチのギタリストがジェフベックのフレーズなり楽曲をなぞっても、それは単なる真似にしかならないし、それはジェフベックのまねをするということが第一義の演奏である場合以外には、ほとんど意味のないことかも知れません。
 楽曲なども、こういった背景をもって組み立てられるため、例えばジェフベックの楽曲をノーマルなロックギターのアプローチで弾いても、あまり面 白くない。
  これは、そのギタリストにセンスがないのではなく、(ジェフベックの印象が強すぎるということもあるでしょうが)ギターで生み出そうとするもの自体が全く異なるからだという風に思います。
 そういった面からみると、マックスミドルトンというキーボーディストは、ジェフベックのギターの特異性や生み出される違和感と正常感のブレンド具合を感覚的によく分かっていた人なのではないかと思います。

 元来人間というのは、常に2つの異なる状況の変化によって快感を得る動物です。ジャズの不協和音も、不快な不協和音へ進行し、元の和音へ解決する時の安心感で不協和音が生きてくるということがありますが、そういった不快感をうまくコントロールすることによって、独特の快感が生み出されるという事だと思います。
 落語家の故桂枝雀さんが、よく「お笑いは、緊張と緩和の連続」と言っていましたが、これはどんな物事にも共通 する普遍的な法則で、まさにジェフベックにギターにおいて、緊張は「違和感」であり、緩和が「ロックギターのフォーマット」であり、これらを独特のバランスでコントロールすることにより、病みつきになる快感を生み出しているのではないかと思います。

 しかし、違和感を継続させるというのは非常にエネルギーのいることです。
 そもそも違和感というものは、通常と異なるものが通常の中に置かれたときに生じるもので、人間という動物は、状況への適応能力が優れているために、はじめ感じていた違和感も継続すると通 常となり、違和感はなくなってしまうのです。慣れちゃうわけですね。 変なヤツとつきあってても、つきあいが長いとそれを変に感じなくなってしまうという・・・。
 そんな、人間が持つ強力な適応能力に対して、違和感を演奏し続けるためには、相手が適応する前に手を変え品を変え、別 の手をどんどん出し続けなくてはいけないのです。
 これは相当に大変なことです。このあたりが、他の追従を許さないジェフベックの「強さ」なんじゃないかと思ったりします。

 その昔、コージーパウエルがFMに出演したときジェフベックについて聞かれて「彼ほど、心の底からギターを弾くギタリストはいない」と言っていましたが、そのくらい魂を注ぎ込まなければ快感のある違和感は生み出せないと言うことではないでしょうか。

 しかし、私の中ではひとつ矛盾が生まれてきます。
 それは、CDなどに記録されたジェフベックの”快感ある違和感”を繰り返し聞いても、違和感による快感は衰えません。通 常にはならないということです。
 これは私の論理からすると、おかしい。考えられるのは、私の適応能力が低いか、ジェフベックの違和感がそれほどまでに強力かのどちらかですね。

 ま、しかし、そんなこととは別に、もうオジイに近くなってもギターで新しいことやろうなんて、ギターに対する興味のレベルが初めてギターを手にした10代の頃とそんなに変わってないんじゃないでしょうか。
 そういうのって、ちょっといい感じだと思いませんか。

2001