ミュージシャン・インタビューの翻訳言葉

 ミュージシャンのインタビュー遊びというものが、高校の頃、音楽仲間の間で流行っていました。あれって、独特の言葉使いがあるでしょう。
「そいつを初めて聴いたのは・・・・だったわけさ。その時オレは、こう言ってやったのさ・・・・・じゃないのかってね。するとヤツは、オレに向かって・・・・・ってワケよ。たまげたね。そこいくとオレたちの方がよっぽど・・・・・だったってワケ。」

(こう書くとまるっきり矢沢じゃないか。そうか、矢沢永吉のあのじゃべりは、外国人ミュージシャンを気取ってたってワケさ。
※矢沢永吉氏を侮辱しているのではありません。矢沢は私も尊敬しています。念のため)

 つまり、なんかこう、とっぽい兄ちゃん風のしゃべりなんですね。本当にミュージシャンはみんなあんな英語で話しているんでしょうか。翻訳者が、わざと不良っぽいかっこいい雰囲気を出すために演出したんでしょうか。昔は、音楽=不良でしたからね。なんか聞くところによると、今はロックミュージシャンもすっかり市民権を得てしまって、ミュージシャン志望のボクなんかがお母さんに連れられて「宅の息子をよろしくお願いします」ってな感じで来るらしいです。時代ですね。なんか市民権を得たロックって、サマにならない気がします。しかし、考えてみればいったいロックってちゃんとした定義はないんですよね。漠然としたイメージだけで。しいて言えば、「爆発しそうなエネルギーを感じさせる音楽」なのかなぁ。

 それで、そういう不良を演出することで、うへぇ〜カックイイってな感じで、青少年の憧れを煽っていたんでしょうか。そういえば、エリッククラプトンなんかは、もうちょっと優等生っぽい言葉だったかも知れません。それにサンタナは、ですます調でとても丁寧な感じでした。ジョンマクラフリンもそうだったかなあ。インドに傾倒した人は、心が平穏で言葉も優しいのかも知れません。そんな、人がロックをやっているのか???

 いやいやサンタナは、ちょっと違うところにいます。ジェフベックは、典型的な「オレは・・・ってわけさ」でありました。当時は、今ほど音楽雑誌がなかったので、プレイヤーやミュージックライフにのるミュージシャンの来日インタビューなどを読んでは、友達とまねして悦に入っておりました。

 「ヘイ、ムネユキ、こんなアイデアはどうだ。まだ、3時間目でおまけに授業中だけど、そいつをちょいとごまかして、メシでも食いに行くってのはどうだい?」

 「分かったぜ、そいつはたまげたもんだ。さっそくヤツにも知らせよう。きっと、ぶったまげて、飛んでくるに違いねえ」(これ、普段は関西弁でしゃべっているもんですから、余計にギャップが激しいのです)

 こうやって書くとただの柄の悪いよたものに過ぎないんですが、当時は、なんかミューシシャン気分だったのです。

 

1999.10.17