その-4
徒然なるままにひぐらしモニターにむかひて・・・(2002.2.27〜)


 パソコンに関して私はマック派です。派というより教かも知れない。アップル信者ということですね。あぶない?・・・信者という言葉で危なさを感じるのは日本独特の風土です。 そのあたりの詳しい話は「宗教なんてこわくない」(橋本治著)を参照いただくとして、ウインドウズのパソコンとマックでは明らかにパソコンとしての存在感がちがう。ちなみに私はウインドウズも持っています。あまり使いませんが。信者といってもアップルの言うことを何でもはいはいと聞いているわけでもないのですが、その根本の思想にはまってしまっているという感じです。

 今や世界のパソコン市場ではデスクトップ、ノートともにデルコピューターが一位になり(実は私のPCもデル)、アップルなど下の下の下に成り下がってしまっているのですが、その割には存在感がある。
 「パソコンには大きく分けて2種類ある。マックとマック以外だ(・・・どこかで聞いたようなフレーズ)」。厳密にはユニックスやなんやかやありますが、コンシューマー向けでは、一般的にマックかウインしかないわけですね。

 ウインというのはソフトとハードのメーカーが違いますが、アップルは両方やっています。一時やばいと思ってライセンスもやっていたけど、すぐにやめてしまいました。ライセンスを受けたメーカーは、焦ったと同時に怒ったでしょうね。本当に困ったやつだアップル。

 国内のデザイン業界などではまだまだマックなのですが、OSのバージョンアップのたびにフォントや印刷でのトラブルがあり、最近のOS-Xに至ってはまだ使えないと言うていたらく。本当にやっかいなことばかり起こしてくれるのですが、それを差し引いても余りある満足感を与えてくれる何かがあります。

 どちらが高性能か、便利かということはその人の用途にもよるのでさておいて、先にも言いましたが存在感が違うと思います。ウインドウズ機(以下PCと略)に比べてマックの方がキャラクターがある。
 PCは道具あるいは機械という域を出ませんが、マックは楽器に近い手触り感がある気がします。もちろんこれは主観的なものなので、いや違うぞという方はいるかも知れませんが、マックマニアの中には、わざわざ昔のマックを使ったり、マックをペイントしたり、昔のマックの中身を最新のものにしたりして楽しむ人がいます。これってギターを改造したりいじくりまわす感覚だと思いますね。若い子の携帯もそんな感じかな。自分の持ち物としてのアイデンティティを与えてあげたくなってしまう愛着がわいてくるのだと思います。

 なぜ、PCにはそれがないのか。これはおそらくハードとソフトが分かれていることが大きいと思います。つまりPCを愛するというのは機械を愛するのか、OSを愛するのか、そのあたりがうやむやになっちゃうんですね。いくらバイオのデザインが美しくてもウォークマンほどにソニーではない。中身はあくまでマイクロソフトの世界です。私がマックのほうに血や体温を感じるのも、やはり中身から外見までのあらゆるところにアップル精神が見出せるからだと思います。

 一世を風靡したiMac。一般的にはデザイン面での斬新さばかりが取り上げられますが実はiMacの素晴らしさはそういうものだけではないのです。デザインはすごさの一部でしかありません。

 iMacは家庭で使うパソコンとしての仕様をPCとは明らかに異なるかたちで身につけています。中でも、ほとんど話題に上りませんが、私がもっともすばらしいと思う特徴は、2代目iMac から冷却ファンがなくなったことです。
 これは何でもないことのようですが非常に重要なことです。

 パソコンの冷却ファンの音というのは、会社などで使っている分にはさほど気にならないのですが家庭では非常にうるさい。使っているときには忘れているのですが、パソコンを終了すると冷却ファンが止まり、あたりに急に静けさが戻ってきてはじめて冷却ファンのうるささに気づきます。あの冷却ファンがまわっている間の圧迫されたような空気は家庭では快適ではありません。
 そして、その圧迫感のある音はパソコンのスピーカーをも価値のないものにしてしまいます。いくらいいスピーカーをつけても冷却ファンがまわっている限り、音質なんて関係ないに等しい。iMacの静けさは革命とすら言いたいほどです。iMacならスピーカーをつけて音質にこだわれるのです。
 そこでアップルはそのiMacに小型ながら高性能のスピーカーを装備しました。iMacは静けさの中で、高性能スピーカーがちょっとしたラジカセくらいの音質でなります。音楽を鑑賞できるレベルに鳴ります(そりゃオーディオセットにはかないませんよ)。iMacには全面にヘッドホン端子が2つあります。2つです。2人で仲良く聴いてねということでしょう。

 さらに中身に行けばiMovieというワープロ感覚でビデオ編集ができるソフトがあります。 今までビデオの編集というのはマックでも手間がかかりました。しかし、このiMovieはホントにワープロ感覚でDVから映像を取り込み、簡単なつなぎ買え編集ならアップルの言うわずか数分でというのが大げさではないくらいにできて、しかもクオリティを全く落とさずにDVへ返せるのです。
 デザインは、その斬新さばかりが話題になりましたが、アップルの狙いは斬新さよりもチャーミングさとパソコンの存在感をなくすことです。スケルトンになっているのはお洒落だからだけではなく、透明にすることで少しでも家庭で重々しい存在にならないようにという考えです。これは先ほどの音の問題と同じです。この存在感の減少は、2002年に出たNew iMacになってさらに押し進められています。

 要は何が言いたいかというと、iMacは家庭用にお洒落なパソコンをつくったというような薄っぺらいものではなく、アップルの考える家庭用パソコンという思想がしつこいまでに様々に具現化されてiMacを形づくっているのです。
 賛否両論分かれたG3のポリバケツデザイン。これだって「パソコンなんてそんなにむつかしく考えずに、けっ飛ばすくらいのノリでどんどん使っちゃおうぜ」というようなアップルのメッセージが込められているように思います。だいたい、プロが使う最高級のパソコンにあんなチープテイストなポリバケツのようなデザインをするなんてクレイジー(ほめ言葉)としか言いようがない。ポリバケツデザイン、私はもちろん大歓迎です。

 マックはもともと「残された人々(つまりパソコンなんて分からないという人)のためのコンピューター」として生まれてきました。その思想が今でもはっきり息づいています。

 アップルの素晴らしさは、その思想と具現化にあります。アップルは創始者のスティービジョブスを迎えてライセンスをやめ、またハードとOSを同時開発する唯一のメーカーに戻ったのもそのあたりの考え方からだと思います。
 そいういった面でPC機は、どのメーカーも思想の具現化を図ることはできないのです。
 コンピューターの価値の本質がソフトウエアにあるとしたらハードメーカーは性能と供給の向上でしか競えなくなる。そこには各企業の思想や個性が本質的な商品の価値として反映できる範囲は非常に狭くなると思います。
 悪く言えば、PCってインテルのチップとマイクロソフトのOSがあれば、どのメーカーでもいいようなものでしょ。そんな中で、デルコンピューターなどは供給性の向上に独自の思想を反映させた成功例だということだと思います(性能もいいみたいですけどね)。ソニーが成功するのもDVやMDなど他のデジタル機器の分野あってのことです。

 そういう面では、いろいろ存続説が噂されますがアップルというメーカーの可能性はまだまだある(というより他のハードメーカーは、より熾烈な競争に向かわざるを得ない)という気がします。

 取って付けたようですが、アップルのわかままだけれど次々に革新的なことをやりながら同時の道を行く姿が、ジェフベックは似ているような気がするんですけどね。

 とまあ、あきれるほどにアップル賛美をするわけなんですが、マックについて語らせたら、まあ1年くらいは語り続けているかも知れない。いやまあ、ウイドウズファンの方ごめんなさい。

 でもウインドウズって使いにくくないですか?マックの方がずっと簡単だと思うんですけどねぇ。知り合いのSEでウインドウズもユニックスも知っているやつがマックが一番って言ってたけどなあ。
 世のおじさん族がパソコンでひいひい言っているのもウインドウズだからだと思いますよ。だってウインドウズってトラブったら融通きかんから分からんもん。マックなんてとりあえず強引に電源きって再起動させたら、なんとかなりますもんね。そのかわりちょこちょこ固まるけど。
 その昔、アップルが中身を非公開にして戦略を誤ってしまったがためにウインドウズが先に広まってしまい、ビジネスの定番になってしまいましたが、もし先にマックが広まっていたら、パソコンの世界ももっと簡単で楽しくなっていたんじゃないかとマックファンの私は一方的に思うのですけどね。

 意外に知られていないのが、エクセルというウィンドウズの定番中の定番ソフトがもともとマックのソフトだったと言うことです。マックはグラフィックに強いパソコンとして生まれてきたのですが、それをビジネスにも使えるようにしたいというのでビルゲイツがエクセルを作ったそうです。ウイドウズ95くらいまではマイクロソフト社内のパソコンもマックの方が多かったらしいですよ。しかしエクセルは今やビジネスの定番。頭にくることにマック版よりウイン版の方が明らかに動きが軽い。よーできたソフトですけどね。

 しかし、ウインドウズユーザーでマックを使ったことのない方は、是非一度マックを使ってみてください。
 フォルダーの整理をするだけで楽しいパソコンはマックだけだと思いますよ。ただし、OS-9とOS-10ではまるで別物ですけどね。OS-9がいわゆるマックっぽい。OS-10はまた違った魅力があります。

2002.2.27

マック教その2>
 アップルにはiMovieをはじめとして無料のソフトがいろいろあるのですが、中でも最近のお気に入りがiTune2。
 これは素晴らしいです。要はシンプルなMP3プレーヤー&ファイル変換ソフトなのですが、iTune1からバージョンアップしてグラフィクイコライザーがついて良くなりました。
 で、一番の使い方はハードディスクにあるMP3のファイルをライブラリー化して再生して楽し無と言うことなのですが、曲間のクロスフェードや音場の拡大などのエフェクトをかけることができ非常によいです。

 早速ジェフベックのアルバムすべてをMP3化し(これも勝手にCDDBから曲目リストを引っ張ってきてインデックスを作ってくれる)、シャッフル(ランダム再生)にして聴いていると次にどんな曲が来るのかわくわくするし、クロスフェードでDJのように再生してくれると、また違った趣で聴けるのですね。また、グライコのプリセットがいろいろあって、うまく設定されているので、iMacなどで再生しても観賞に耐えます。これなら好きなCDをどんどんMP3化し、ハードディスクにぶち込んで仕事場ででも流しておけば一生もつような気がします。こうしたちょっとしたことでも新しい楽しさが見つかります。

 このiTune2は無料でアップルサイトからダウンロードできます。残念なことにOS9以上でないと使えません。
 ちなみにiTuneにはグラフィックエフェクト機能があり、美しく怪しいCGがモニターいっぱいに繰り広げられるのですが、これが二度と同じモノが出てこない。これは技術的にすごいことなのかどうか詳しいことは分かりませんが、これしばらく見入ってしまいますね。はまってしまいます。
 その他、iTuneは、CDからaiffやwaveにも簡単に変換できます。ディスクバーナーと組み合わせて、CDも簡単に焼けてしまいます。
 MP3プレーヤーはいろいろ出ているでしょうが、シンプルで使いやすいiTuneはいい線行っていると思います。アップルならではのバランスの良い仕様になっていると思います。
こういうソフトはウインドウズにはあるんでしょうか?

2002.2.28

<ハードディスクの中の歴史>
 ハードディスクの中に歴史が刻まれているのを発見したのはごく最近のことです。
 私の自宅のマックは現在3代目で、そのハードディスクの中には初代からのフォルダーがあるのです。「情報を見る」で作成日を見ると1996年6月2日。アプリケーションなどではもっと昔に作られたものもあるので、年月日だけを見るとさほどのことはないように思いますが、初代から新しくなるごとにハードディスクの中身をコピーして移行してくる中で、結構ファイルやフォルダを整理統合したりするので、一般的なフォルダの寿命は短いと思います。終わったもので入らないものは捨てるし、いるものはMOやCDに保存するのでハードディスクに残っているものは少ないのです。そういった状況からするとよく残っている方です。

 なぜそのフォルダーが残り得たのかというとそれは「Simpson進行中」といういろいろ仕事を含めて進行中の物件を滞留させておく一時置き場のようなフォルダーだからなのです。
 中身はいろいろ変わってもフォルダーはずっと同じ。中身が中身だけにマックが新しくなっても最優先に守られて移行されて来たのです。Simpsonというのは以前住んでいたマンションの名前で、そのときに家と仕事場の「進行中」フォルダを区別するために、たまたまそんな名前をつけたのですが、そういったところにも歴史が刻み込まれています。
 作成当初は確かブルーだったのがいつの頃からかグリーンに変えられて今に至るです。足かけ6年の歳月のため、心なしかグリーンが色あせて見えますが、そんなことがあるはずもなく、フォルダーは酷使にも擦り傷一つ無く、マックのOSが漢字トーク7.01だった頃にはただの平面だったのが、今では立派な陰もついた立体に昇格しています。これがOS10に移行するとさらに立派な風情を伴ってくるのでしょう。
 当初は320MBしかなかったハードディスクスペースも350MBになり、10GBになり、サブで待機するiBookは20GBなんていうパーテーションを切ってやらないと所在ないくらいの広いスペースをもらってとまどいさえ感じられるというものです。今やIBMでは120GBのハードディスクができたとか。そういった諸環境の変化に伴い中を通過するデータ量も膨大化の一途をたどっています。フォルダもさぞや重いことでしょう。

 今、ハードディスクの中にいくつのフォルダーやファイルがあるのか分かりませんが(分かろうと思えばすぐ分かりますが)、古いフォルダーを見れば、作成当時の思い出が蘇ってくるかも知れません。なんかバーチャルな世界なのに、日付があるだけでとても現実味を帯びて実体が伴ってくるような錯覚に陥るので不思議です。そもそも「時」というもの自体が実体のないものなのにそれにそって流れている現実の世界があるからですね。そう考えるとノートンユーティリティでフラグメンテーションを解消する画面でデータの種類によって層分けされた画面が地層に見えて来ます。
2002.3.5