その-2
徒然なるままにひぐらしモニターにむかひて・・・(1999.10.6〜)

ファッションの本場パリで活躍する高田賢三氏に続いて三宅一生氏も引退するそうですね。詳しいことは知りませんが「やりたいことはそこそこそこやったし、財産はできたし、もういいっか」という気持ちもあるのでしょうが、一線でデザイン活動を続けることに疲れてきたのではないでしょうか。

ケンゾウである限り、イッセイである限り、しかも現役である限り、周囲から常に革新と高品質を求められ続け、また、自分自身にも求める。自分がやっている限り、革新的でないことは、許されない。そんなとてつもないプレッシャーの立場にいることが疲れてきたんじゃないかという気がします。
で、何が言いたいかと言うと、私の場合、そんな賢三さんや一生さんとジェフベックがポワ〜ンとダブってくるのですね。ベックも常に革新的であらねばならない自分に疲れているのではないでしょうか。年だし。エリッククラプトンなんてい宇ミュージシャンには、革新は求めません。ただ、クラプトンの音楽の世界をちょっと新しい香辛料とともに順番に出してきてくれればいいんです。でも、ジェフベックの場合は、昔から革新を続けていたわけで、ましてや10年もあいた後のニューアルバムとすれば、革新しなくてどうするという状況に陥ってしまったんじゃないか。それが、ああいった何か消化の悪いものになってしまったのじゃないでしょうか。私なんか、もう一回第二期みたいなのやって欲しいですけどね。革新なんかしなくても、第二期は今でも十分に革新的でっせ。同じメンバーじゃなくても(コージーパウエルは死んでしまったし)、要は、ああいうファンキーな歌バンを違うメンバーでやってくれれば、昔と同じスタイルでもいいですぜ。スタイルは、昔でも、ベックのギターはいつでも唐突で、変で、スリリングなんですから。なんて、先頃の一生さんのニュース報道を見ながら思いました。

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その後の報道では、一生氏は、引退ではなくデザインワークをやめて「監督に徹しながら、新しいことへも挑戦していく」ということだそうです。

1999.10.6

知らない間に2000年になってしまって、心配された2000年問題も結構何事もなく(ないようにしたんでしょうが)過ぎてしまいました。10月の半ばくらいからまともな更新ができず、トップページのごたくをちょこちょこ変えてお茶を濁していたら、きっちり突っ込んでくださる方もおられて、うれしい限りです(^o^;)。
先日東京に行ったときに六本木にあるBBAというバーに行ったのですが、ここのマスターがまたとんでもないベックファン。なんせ店の名前がBBAです。そうあのBeck,Bogart&ApipceのBBAなんですね。で、そう広くはない店内にはサンのベースアンプやマーシャル、ドラムスがセットされ、ほどよい時間になるとマスターがギタリストとなって、ジェフベックの曲や60、70年代ロックの演奏が始まるのですが、これが実にうまいし、いい感じです。ジェフベックの曲なんかは、もうギターのピッキングのタッチからしてジェフベック。うれしくなってしまいました。
さらに驚くべきことに、カーマインアピスが常連だということです。前回来たときには、演奏もして帰ったそうです。で、カーマイン氏 は、いつかきっとJEFFをつれてくると言っていたそうです。実現すれば、ひょっとしてティムボガート氏も一緒に来て、演奏すれば正真正銘BBAのリユニオンが実現するってわけですが、そうは簡単に行きませんわね。
しかし、BBAでBBAが再結成なんていいニュースネタになりそうです。
*BBA=六本木交差点を溜池方面に5分くらい歩いてセブンイレブンをちょっと過ぎたくらいのところ、ちょうどVOLVOの向かいあたりに看板が出ています。LIVE HOUSEと書いてありますが、いわゆるライブ専門のお店ではなく、BARです。って勝手に紹介しちゃっていいんでしょうか。ご迷惑だったら削ります。って見てないか。

2000.2.1


更新がおぼつかない割には、別館をつくってしまいまして、暇なのかマメなのか、気まぐれなのか分かりませんが、長らく更新(というか追加)が全くできないあいだ、催促や励ましのメールをいただきながら、何か新しい展開はできないものかと考えておりました。リスニングルームなども結構楽しみに聴いていただいている方もおられて(ありがたいことです)メールなどをいただきましたこともあり、またサウンドファイルは非常に重く、サーバー規定の容量を超えてしまうため、別のサーバーにつくりました。試しに無料のヤツを使ってみることにしましたが、すごいですね、50Mが無料。CGIなども使えて。ま、上下に広告が入るのでうっとうしいといえばそうですが、無料ですから文句は言えません。ただ、時間帯によっては、結構接続に時間がかかる。ファイル転送など結構時間がかかってしまう時があります。何でそうなのかは、よく知らないんですが・・・困ってしまいます。

しかし、ホームページを始めた1998年からするとインターネットの環境はどんどん発達していますね。マシンパワーも昔はPOWER PC 120MHz(マックなので)でも早いなあと思っていたら、家庭用のiMacでもG3の366MHz。Pentiumはギガの時代ですよね。プロバイダも1,800円くらいで使い放題が常識です。
さて、ハードやソフトの環境はどんどん発達しますが、人間はそれに追いついているのでしょうか? というようなことがしばしば言われますが、人間は追いつかなくていいんです。競争しているわけではないですから。環境は人間が使う道具だと思うので、いかに使いこなせるかどうかが問題であって、理解することが重要なのだと思います。競争ではないですね。むしろ、仲良くすることが大切です。マックが出だしの頃、デザインが画一的になって、コンピューター批判などもありましたが、所詮使い手の問題です。ただ、マック以前に比べると確かに甘いデザインが多くなっているようにも思います(因みに私は、デザイナーではありませんので、あしからず)。ちょっとセンスさえあれば、誰がやってもある程度出来たように見えますから。もちろん、マックだけが原因ではなく、いろんなことのサイクルが短くなり、何事においても時間がなくなってきたということもあると思いますが。

ただ、同じように見えても人間が道具を使ってつくったものと、人間が道具に使われてできたものではやはり違うと思います。機械的な面白さを生かす場合をのぞいて、いくら精巧に打ち込まれたMIDIミュージックでも、人間が演奏する「味」には勝てないと思います。たとえ高いレベルに行っても、人間が自覚できる部分だけではなく、むしろ無意識に感じる部分(フロイトの言うエスの部分)での心地よさや感動は、機械で生み出せるものではないものでしょう。さらにハイレベルに行って、AIを始め”揺らぎ理論”などによるコンピューターシステムを駆使しても、マクロ的長期的に見れば必ず人間がつくったものとは違っている。そういうものだと思います。人間がつくるものは、絶対に人間を超えることはできないということが、宇宙の大法則としてあるような気がしますね。人体あるいは脳のメカニズム自体がまだ解き明かされていないうちは、無意識の意識に本当に心地よく(何によって心地よく感じるのかという研究もさんざんされているとは思いますが)働きかけるものはできないし、永遠にそれは実現しないでしょう。今、心地よいようでも、長期的には何か不具合が生じてくる。人間の知能など、せいぜいその程度だと思いますね。ま、どんな物事をどのくらいの時間の単位で考えればいいのかということも難しいですが。知恵を持ってしまった人間は、一見賢いようですが、実は知恵というのは非常に短期的な・・・せいぜい50年くらいの・・・ことしか考えることはできませんね、きっと。人間がちゃんと生きているのは、無意識に感じたり行動したりしている部分でだという感じがします。ある意味では、本能的なもの。他の動物たちと同じような。自覚できる部分でのあれこれなんて、所詮刹那的なことでしかありません。だから、人間の世界には”流行”という生命を維持して行くには無駄で不合理なものが存在するのだと思います。

さて、あれこれうだうだ考えておりますが、常々JEFF BECKのギターの重要性のひとつが、その辺のテーマにひっかかると思っております。他の多くのギタリストのプレイはある程度、コンピューターで演奏できるばかりです。パターンがあるし、音のニュアンスがそれほどあるわけではないし。しかし、JEFF BECKのギターは、音の成り立ち自体が、自覚できないところから出てくる、そこが重要なので、MIDIでは再現できないし、打ち込むこと自体ナンセンスと言えるかも知れません。もちろん、過去の名演を打ち込んだMIDIも売っていたり、UPされていたりし、それはそれで、楽しいものなのですが、それは本質的なものを鑑賞しているのではなく、CDなどで聴き親しんだものが形をかえて蘇ったことへのうれしさだという気がします。もっとも、元来、エレキギターというパートは、最もMIDIに不向きなパートだと思いますが・・・。

このままインターネットなどのコンピューターの技術が発達し、家電と融合し社会にインフラとして広がっていくと、想像もしてなかったような世界が登場するのかも知れませんね。しかし、その頃になると、反比例するかのように、自然環境はひどいことになっているんじゃないかということには現実味を感じます。さて、人類の知恵は、自らを自然に帰すことができるか・・・。
2000.6.23